佐藤友哉『子供たち怒る怒る怒る』

jogantoru2005-07-06


 佐藤友哉初のハードカバーは短編集。どの作品も主人公は子供であり、佐藤友哉の書く子供たちはみな≪大人≫や≪社会≫といった絶対的な力に対して不信感を持ち従順を拒んでいるように思える。舞城とは似て非なる佐藤友哉の世界には怒りが満ち満ちている。鬱々としてネガティブなリアルがある。≪舞城王太郎=愛≫であるなら≪佐藤友哉=怒り≫である気がする。
 正直佐藤友哉作品には当たり外れがあって長編にはなかなか食指が伸びなかったけど、前回読んだ『鏡姉妹の飛ぶ教室』に続き、この短編集は当たり。


『大洪水の小さな家』
 突然の大洪水に襲われた町の「自分たち以外を必要としない」三兄弟妹の話。絶対的に自分たち以外の他者を拒絶していた三人。水没した家の中に行方不明の妹を探しに行く兄である僕の中に芽生えるある感情。
 自分と他人との差別化というのは誰にもあるもので、誰にも「自分は他の人間とは違う」という意識は少なからずあると思う。それを極端な形で表したような感じ。分かりたくないような、それでいてすごくよく分かるような。


『死体と、』
 エンバーミングを施された美しい少女の死体は火葬場に向かう途中で事故に遭い、無傷のまま山中に放り出される。それを見つけた青年は…。
 一度も改行せずに淡々と少女の死体の行く末が書かれていく。≪美しい死体≫という絶対的な存在によって、≪生きている人間≫が翻弄され壊されていく。


『欲望』
 「動かないと殺しちゃうわよ」。その言葉から滝川恵子をはじめとする四人はマシンガンを乱射し瞬く間に教室内を占拠する。≪なんとなく≫大量殺戮を繰り返す彼らには何の主張もなかった。
 何となくバトルロワイアルを連想させる話だけど、理由もなくなんとなく遊び感覚でクラスメイトを殺しまくる四人はBRの友達同士で殺し合いという設定よりも肝が座り過ぎていて怖い。未成年による凶悪犯罪などが起きるとマスコミは躍起になって動機や原因を探そうとするけども、それは意外とこんな≪なんとなく≫なのかもしれない。銃があるから撃ってみた。ナイフがあるから刺してみた。それだけかもしれないと納得できてしまうところがほんと怖い。 


『子供たち怒る怒る怒る』
 『クダン』という化け物がいる。クダンとは『件』と書き、その字の通り人面牛身の化け物である。クダンは稀に牛の仔として生まれ、数日しか生きない。多くはその数日の間に流行病や戦争の予言をし、必ず的中する。「よって件のごとし」という言葉はこのクダンから生じている。佐藤健二著『流言蜚語』によれば「神戸地方では『件』が生まれ、自分の話を聞いた者は、これを信じて三日以内に小豆飯かオハギを喰えば空襲の被害を免れるといったそうだ」という記載もあるくらい、近代の人間にも信じられていたものである。
 この話に出て来る牛の面をかぶったクダンとは逆の牛面人身の牛男という殺人鬼だ。牛男は六人殺している連続殺人犯で、神戸に転校してきた僕が入った班では≪牛男の次回の犯行を予想する≫というゲームが行われ、参加するうちに牛男の凶行が迫ってくる。
 これは「牛男」という殺人鬼の話を中心にミステリー的な要素もあるけど、根底にあるのは差別や虐待に曝されている弱者たちの話である。自分には責任がないのに、生まれたらそうだったから、それだけで苦しめられ虐げられている人がいて、そのどうしようもない現実に対してどうすることも出来ない怒りや悔しさを自分あっちで背負い込むしかないのだろうか。そしてその事に対して「自分がいけない」と思い込んでしまっている子供たち。何でもない普通の幸せを手にすることすら躊躇ってしまう姿はいたく悲しいけど、僕らには理解してあげられないのかもしれない。そして、そんな社会に大人に現実に子供たちは怒って怒って怒るのだ。


『生まれてきてくれてありがとう!』
 書き下ろし。雪の日に遊んでいた6歳の僕は除雪車の降ろした雪の中に閉じ込められてしまう。そこからなんとか脱出を試みる僕だったが…。
 珍しくポジティブな話だけど、いかんせんシャーベットやアイスキャンディーが食べれない俺には読んで想像するだけで鳥肌ざわわで大変だった。
 

『リカちゃん人間』
 書き下ろし。家族に虐待され、クラスメイトに虐められているリカは、辛いことがあると感情をOFFにして自分を人形とすることが出来る。唯一救い出そうとしてくれた先生の死をきっかけにリカは戦うことを決意する。
 タイトルを見て「なんだよ駄洒落かよ」とか思いつつも、これまた境遇は最悪なリカだけどポジティブ。佐藤友哉は書き下ろし2作品でどちらもポジティブな思考をしている。なんかあったのかな。とはいえ、傍目から見たら全然ネガティブというか暗いんだけど。ラストは強引過ぎる感じもするけど逆襲コントな感じで勢いでドガガガガガガーッ!と突き進む感じは気持ちいい。表現がストレート過ぎて引く部分も多いけど、映像化するならこれかも。


 初のハードカバーでさらに佐藤友哉がよくなってる感じがして、これからがすごく楽しみになった。もっと表現に味が出るとはまれるんだけど。でも十分過ぎるくらい満足。
 
 

子供たち怒る怒る怒る

子供たち怒る怒る怒る

 ちなみにこの写真はTシャツからおっぱいがデローンって出てるわけではない。