『Bird Watching Me』
僕が家に着くと家の窓がカラララ〜ッと開いて、中から顔を出したのはタキシードを纏った、碧緑の羽根をオールバックに撫でつけた、鳥だ。まばたき一つせず鳥は目だけで僕の動きを追っている。
「何?」
状況が飲み込めない。大体僕は鳥なんて飼ってないし、つうか、でかい。
「何って何?」
鳥は表情一つ変えずにやや甲高い声を出した。喋るんだ。
「何って何?っつうか、ここは俺ん家でお前は何?なんで人ん家にいるわけ?」
「前からいたっての」
「いねーよ」
「いたっての。今年の頭からいたっての。それはお前が気付かなかっただけで、いや気付いてたけど気付いてなかっただけで、そういうことって稀にあるんだよな」
ピーチクパーチク五月蝿い奴だ。そんな意味の分からん同意を求められても困る。しかもだ。タキシードを着た得体の知れない鳥人間が我が家に居ることだって全く理解が出来ない。何だ鳥人間って。コンテストか。琵琶湖に行け。
「そんなことは置いといて」。僕の思考を制するように鳥は声を大きくした。
「最近ブログ書いてないよな」
「あ」。何を言うかと思えばそんなことか。「確かに、書いてない、かな」
「かな、じゃないよ、書いてないんだよ。前の日付が12月20日。ひい、ふう、みい、よ。四日書いてない。何だ。飽きたのか。反抗か。何への反抗か。理由なき反抗か。お前は何ムス・ディーンだ?苔むすまで反抗するのか?それとも理由ありきなのか?」
「いや、それは」
「言い訳すんのか。言うに事欠いて『いや、それは』。言葉を濁すな。俺は濁さんぞ。立ってる鳥は跡すら濁さん。TERIYAKI BOYZはNIGOさん」
「………」
「違う違う違う。駄洒落違うぞ。お前の部屋にCDがあったから聞いてたんだ。なんだ『Beef or Chicken?』って。聞くな!馬鹿にしてんのか。チキンに決まっとろうが!」
「…何の話だよ。脱線してるっつの」
「そうだ。脱線だ。話が脱線したんだ。山形でも脱線した。麒麟のネタの時にテロップが入ってひとネタ聞き逃した。やっぱり気になるもんな、ああいうの」
「だから脱線の話じゃなくて」
「つまり」。鳥は小さく咳払いをした。ケキョ。季節感のない音が小さく響く。「お前年頭に言ったよな。毎日書くって。お前のお前によるお前的書きます宣言したよな」
「…しました」
「まあ、ちょこちょこと、ええ、ちょこちょこと抜けはしましたがそれは許容範囲として書いてました。ええ、書いておりました。それがここにきて、ひい、ふう、みい、よ、四日書いておりません。最後の最後に何をしとるんじゃっつう話です。そうだよな。年末で忙しいやもしれません。寝たり起きたり歩いたりご飯を食べたり、忙しいやもしれません。ご飯なんて日に二度三度食べますし、そら忙しいやもしれません。でも」
「だからそれは」
「お前が書くって言ったんだろがっ!」
「…はい」
「書かなきゃだめでしょ」
「はい」
「書くよね?」
「はい」
「はい、じゃなくて」
「書きます」
「そう。年末はみんな忙しいの。私だってあれなんですよ、ぼちぼち行かないとあれなんですよ。ぼちぼち次の方来るんですだから。本当これ、出発遅れると喰われるんですから」
「次の奴?」
「はい、犬さんでございます。もうキャンキャン申してございます」
「犬、か」
「でもまあ、私もね、今年一年あなたを見守ってた鳥としてね、厳しいことも言わないといけないわけです。なあなあになっていくと干支としての存在価値が、なんかこう曖昧になってくるんですよ、はい」
鳥は胸ポケットから乾燥ミミズを取り出すとかぷりとかじった。「私が言いたいのはそれだけです」
「そっか、何か悪いことしたね」
「いえ、今年一杯は私の役目ですから。言い残しは新年を迎えるのにも良くないんでね。でもね」。鳥は二本目の乾燥ミミズを頬張って続ける。「来年はしっかりしないと。年度目標とか考えておいてください。次の方は、すぐ咬みます」
「犬、か」
「そう。じゃ、私はそろそろ行きますね。寒いし」
鳥がタキシードの袖をまくるともちろん鳥肌がびっしり実っていた。
「いろいろ面倒かけたね。俺、ちゃんとするから」
「ええ、次の方とも上手くやってください。では」
鳥が徐に右手を差し出して僕たちは握手を交わした。その手は随分と骨っぽかった。
「今年一年ありがとう」
「感謝されるようなことはしてませんから」
「また来いよ」
「はい、12年後に」
「12年か。長いな」
「長いと思えば長いし、短いと思えば短い。そんなものです。それともう一言、言い忘れてました」
「何?」
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「アメリカでは『メリークリスマス』でなく『ハッピーホリデーズ』と言う傾向があるようです。宗教的ないろいろがあるみたいです」
「そういう豆知識はいいや」
「そうですね、嘴が過ぎました」
そう言って小さく笑うと、鳥は僕に背を向け歩きだした。その時の鳥の目がなんだか潤んでいたように見えた。僕は鳥にもう一度声をかけた。
「待ってるよ、12年後!」
鳥は振り返った。
「誰?」
「…いえ、お元気で」
鳥は首を傾げるとまた歩き、そして空に羽ばたいて行った。一直線に舞い上がるとくるり一回転して、やがて見えなくなった。
鶏以外でも三歩歩くと忘れてしまうんだろうか。もしかしたら彼なりの照れ隠しだったのかもしれない。どっちでもいい。気になるんなら12年後に聞けばいい。
部屋に戻ろうと振り返ると角から一頭の犬がこちらを見ていた。涎をダラダラ垂らしたそいつは獰猛な目つきで僕を見ていた。
来年は勝負の年になりそうだ。