異臭と部屋とメイドと私(後編)


 「そうだ、光司くんの部屋も近いんだ」
 異臭おじさんの不甲斐なさにテンションガタ落ちの僕らは中野新橋駅を通り過ぎ、神田川を越えて貴乃花部屋に到着。辺りは静かで、普段なら「ごっつぁんです、ごっつぁんです」「もう食べれないよー」「はふう、はふう(吐息)」「はふう、はふう(笑い声)」「はふう、はふう(泣き声)」などの力士ワードが聞こえてくるだろう貴乃花部屋も静まり返っている。
 秋場所両国国技館のはずなのにおかしいなあと思っていると開いた窓から流れてくる音楽はアリランのような怪しげな宗教チックなミュージック。
 ああ、瞑想中か。
 と、いまだに思ってしまうのは貴乃花親方のあの遠い眼差しのせいだろうか。


 
 とりあえず部屋前で親方のように半開きに白目を剥いてみた。
 すると生野氏が「まーさーるーくーん! あーそーぼー」と叫んだりはせず、僕もチャイムをピンポンピンポン「花田勝氏いますか? 梨本の方の勝ですけど。勝互助会ですけど」などはせず、大人しくその場を後にする。


 
 「なんか物足りない」
 互いにそう思った僕らは青梅街道から中野通りに入り中野駅まで歩いた。中野新橋から中野に行くには中野新橋→新宿→中野と無駄っぽい乗り換えをしなければならない。だったら歩こうじゃない。二足歩行大好き!ってなわけで歩く。
 ほどなく中野ブロードウェイに到着し、エレベーターを上がって辿り着いたのはコスプレ喫茶「Tea Room Alice」http://tearoom-alice.jp/)。一度行ってみたかった僕に生野氏は「ま、初心者向けだよね」と余裕の解答。頼れる背中に隠れるように店内に入り、「これが噂のメイド喫茶かあ!」と感慨に耽る。すると、その場にいた全ての客(全てオタク気味)が振り向き、異邦人でも見るかのような眼差しのあと、メンチを切ってくる。確かにコスプレ喫茶にアロハでチンピラチックな二人は確実に異質だった。
 ここで「みんな頑張って視姦しています!まぁお客はみんなオタ」「大量オタ。これがぶぁぁぁぁあっているの。恐い!きもい!」などと書いたりするとネイサンズフランチャイジーのホットドッグ売り娘のように糾弾されてしまうのであまり書きませんが、巨漢から薄毛から会社員まで実にさまざまなタイプの方がいらっしゃって、なんとなくムードも俺らVS皆さまみたいな感じ。
 メイド服に身を包まれた店員さんは3人。僕は女性を容姿で判断したりはしない。
 妙な緊張感に包まれた僕はビールと定番であろうオムライスを注文。
 

 
 こんなだ。
 僕の名前は「アリス」ではないし、谷村でも堀内でもないのだが、どうやらみんな一緒らしい。
 店内は常に満席。アットホームなんだか危険なのか分からない雰囲気だったんだけど、あれね、店員さんがちょっと話し掛けたり、ちょっとドジしたり(ちょっとするんだよね)すると、全員がピクン!って反応してましたね。そして心の中では「萌え〜」とかなってんだろうか。それとも口々に「今のは萌えでしたね」「ええ、萌えです」「はい、萌え入りました」とか言い合ってるんだろうか。
 ともあれ店内が禁煙だったため、早々に退却。トランプしたりワニワニゲームしたりしたかったのだが、この店ではそういうのはないらしく、次は本場秋葉原に遠征せねばと誓い合いました。



 
 その後白木屋に入り、この中野縦断の大人のピクニックは無事終了。
 さすがに帰り道で一人になってみると「いい歳こいて何をしてるんだ俺?」という思いがよぎりましたが、同時に「あー楽しかった。やはり少年の心は忘れてはいかんのだ」という自己弁護にも似た満足感が沸き起こった。そこで生野氏がマイマイカブリが好きだと言ってたのを思い出した。
 
 マイマイカブリオサムシ科)
 

 オサムシ科と聞いて脳裏に浮かぶのは手塚治虫。きっと手塚治虫も少年の心を忘れていなかったのだ。もしくはオサムシが好きだったのだ。
 だからそれでいいんだと思う。
 むしろどうでもいいんだと思う。
 とりあえず、次はどんなトレンドスポットに行こうか思案中です。