俺、猛進して

 俺は元来時間にとてもきっちりした人間で、待ち合わせなんかあろうものなら絶対に遅れたくない。5分前には待ち合わせ場所にいないと気が済まない。別に相手が遅れようが構わないんだけど、自分が遅れようもんなら電車の中などで焦っちゃって仕方ない。ガッツ石松の「急ぎの時は電車の先頭に乗る」という説には共感すら覚える。
 そんな俺だがどうにも朝は起きれない。頗る起きれない。芝居の本番前と冬はそれが顕著である。今は冬である。それはもう起きれない。頗る起きれない。起きれないと仕事に遅刻するわけで、遅刻すると立場が不利になるわけで、それはもう必死だ。桜上水の駅まで走って携帯で乗換案内サイトを駆使してあわよくばタクシーすら駆使する。本当にヤバイ時にはタクシーで首都高走らせて遅刻を免れたことすらある。本末転倒ではあるがもはやお金の問題ではない。まあ、遅刻が確実になると見事に開き直って朝からざぶんと風呂に入ってしまったりする悠長な面もあるんだけど、とにかくギリギリまで諦めたくはないのである。
 で、今朝だ。目を覚まして目に飛び込んだ時間は「6:56」で俺の仕事は朝8時からである。ぎゃ!デッドラインは桜上水7:12発の急行本八幡行き。ぎゃん!しかも今週は一度超重役出勤をしてしまったがために遅刻はどうにも許されない。ぎゃぎゃん!
 とりあえず速攻で着替えて寝癖頭はあくまでナチュラル無造作ヘアと言い切って家を出る。そっから駅まで走る走る俺だけ、流れる汗そのままに、いつか辿り着いたら、君に打ち明けられるだろう。なんつってるうちに駅に到着、7:12発の急行になんとか飛び乗り、わーよかったーとなったんだが、ここからがまた大変。
 体力がめちゃめちゃに落ちてる。
 大抵駅までダッシュした場合は桜上水で乗車してゼェゼェハァハァ息も絶え絶え、ようやく笹塚辺りで呼吸が落ち着くんだけど、今日は九段下までゼェゼェハァハァアヒーアヒー。距離を数値化して比較してみると笹塚を6として九段下は13くらいだからこれはひどい。電車における距離の比較は①線路の枕木の数と間隔②ホームの長さ③車輌の長さ、原則的にこの3点から割り出される。これが比較三原則だ。そういうもんだ。そういうもんだということにしてください。今日ばかりは。
 さらに体力が落ちているのか最近は会う人会う人に「大丈夫ですか?」と言われ「何でしょうか?」と答えると一様に「顔色がものすごく悪い」と言われる。こっちとしては普段から顔色が悪いので別段普通なのだが「尋常じゃなく土気色だ」とか評されると意外と凹む。
『顔色悪きこと土の如し』とは武田信玄公の言葉だと記憶するが、鹿沼土はサツキの培養にうってつけの酸性土壌である。サツキは水分を好み、根が細かく酸素不足になりやすいので土壌に空隙が必要なこと、根が密生して根腐れを起こしやすいので清潔な土壌が必要なこと、そして酸性土壌を好むという性質があるのだ。ちなみに鹿沼ではサツキ祭というのが毎年行われ、その中でも「華宝」という種類のサツキは大正の時代から現在まで長く愛されている品種である。
 まあ全部請け売りの言葉なのだが、やっぱ俺は「田舎の名産は?」って聞かれて「土!」と答えるのは何となく切なく思う。土だもん。俺は納豆の里でよかった。地元の人間はかの土地をナットピアと呼んでますから。駅には「Welcome ナットピア」って横断幕なびいてますもの。甲子園行けばどの高校も粘り腰打線だもの。打球から糸ひいてますもの。
 俗に「後ろ髪引く想い」などと言いますが後ろ髪から納豆の糸がひいてたら思いのほか萎える。