こんな豚を見た
毎度のことで申し訳ないが稽古帰りでの話である。こう書くといつも稽古してるみたいだが、本番前だしいつも稽古しているのである。俄然稽古しているのである。
稽古の帰り、打ち合わせと称して、照明さんと連れ立って下北沢の某店に入る。『猛暑のためハイネケン290円』の謳い文句に惹かれたのだ。打ち合わせにハイネケンは欠かせない。
打ち合わせも酒も進んでいくといきなり店内に大声が響いた。
『お前、ふざけんじゃねえよ!先輩面してんじゃねえよ!』
おいおい喧嘩かよ。振り返るとカウンター席にはサラリーマンと思しき男性が二人と女性が一人。喧嘩というより男の一人が酔っ払ってまくし立てている感じだ。男女男という図式を見てドリカム的恋愛模様だなと一人納得していたら、男はさらに声を荒げた。
『なんだよ、豚みたいな顔しやがって!』
これはひどい。
いくら酔っ払いとはいえ「豚みたいな顔」はひどい。「豚野郎」みたいなアメリカンな言い回しならまだしも「豚みたいな顔」ってのは見たまんまを述べてるだけだし、ひねってない分余計にひどい。
しかも言っている方の男も豚みたいな顔をしている。むしろそいつの方が豚みたいな顔の男だった。声が甲高いところも豚チックだ。
豚みたいな顔の奴に「豚みたいな顔」と言われる屈辱。これは屈辱オブザイヤーにノミネートされてもおかしくないくらいに屈辱である。
どうしようもない展開である。言ってる方も言われてる方も豚なのだ。心が浅ましい豚リーマンなのだ。世界は豚だらけだ。僕らは浅ましい豚の豚の豚の豚の中にいる。
女が叫ぶ。
「お父さんが豚になっちゃう!」
振り返ると二人とも豚になっている。カウンターに両肘(というより前足)をついて「ンゴッンゴッ」言いながら料理をガツガツ食べている。
『ンゴッンゴッンゴッ』
『ンゴゴッンゴゴッンゴブー』
もう二人、いや二頭の見分けはつかなくなっていた。二頭はフガフガ言いながらまだ言い合ってて『だからお前は何杯飲んだんだよ。飲んだ分払えよ』なんて言ってる。金の話かよ、ほんと浅ましいな。僕はそんな浅ましい考え方をするのは止めて豚にならないように真っ当に生きようと思った。
すると言われていた方が答えた。
『ご、五杯くらいかな』
『なんだよ、そんなに飲んでねーじゃんかよ!』
どっちなんだ。
怒ってるのになんだか優しいっぽいよ。
二頭は人間に戻れたんだろうか。それは彼女だけが知っているのだろう。